会社概要

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ごあいさつ

創業明治25年 八戸駅開業とともに吉田屋ののれんはかかげられました。

吉田屋

明治25年以来百十余年、明治、大正、昭和、平成と永い間にわたり「吉田屋」として皆様のご愛顧を賜ってまいりました。厚く御礼申し上げます。

「吉田屋」は、古いのれんの味を残し、新しい時代にマッチしたお料理をと常に心掛けております。お弁当からお膳、仕出し、出張パーティーまで幅広いご要望にお応えし、味ボリュームとも皆様に満足頂けるようにと精進しております。今後とも末長くご用命賜りますようよろしくお願い申し上げます。

八戸駅前吉田屋口上

明治・大正・昭和・平成と四つの時代を八戸駅の発展と共に生き抜き、今では多方面にわたり事業展開をしております。。当吉田屋の歴史も、元はといえば東北本線開通の翌年から始めた握り飯と沢庵だけのシンプルな弁当をホームで立ち売りし始めたのがその原点でございました。
 志を持った一人の若者が始めたこの駅弁稼業は、お客様の利便性を第一とする誠実な経営理念として、創業当初から現在に至るまで世代を超越して連綿と受け継がれて参りました。
 以来百十余年、駅の変遷を間近に感じながら八戸駅百年の大計と言われた新駅舎の落成と、新幹線「はやて」の開業を無事に迎えることが出来たのも、創業者が提唱した「お客様への感謝の心」を社訓として全社員が精進してまいった成果と、密かに自負する次第でございます。
 今後も社業の推進につきましては、現状にあまんずること無く常に創意工夫を重ねて、必ずやお客様にご満足いただけるアイテム作りを心掛けて参りますので、今後共どうぞご期待下さいませ。

会社概要

社屋
会社名
:株式会社 吉田屋
住所
:青森県八戸市一番町1丁目2-1
郵便番号
:039-1102 
代表者
:吉田 広城
TEL
:0178-27-4554
FAX
:0178-27-4556
D&B Registered

営業内容

駅弁製造、販売

現在、弊社では八戸港で水揚げされる新鮮な魚介類を食材として用い、皆様に旅の味を楽しんでいただける駅弁を取り揃えております。販売はおもに新幹線八戸駅構内にあるNREおよびKIOSKの各売店、さらに新幹線はやての車内販売でも取り扱っております。

仕出し

冠婚葬祭、各種ご会合、ご宴会用の仕出し料理のご注文を承っております。

注文弁当

各種のイベント、団体旅行向けのご予算に合わせた注文弁当を承っております。

お米について

弊社ではすべて国産米を使用しています。

本社 アクセスマップ


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吉田屋の歴史

一八九二(明治二十五)年。板前を志す函館の若者が包丁一本を携えて修業の旅に出た。上京の途中、開業したばかりの尻内駅で下車。偶然、駅長の目に留まり、駅員のまかないの仕事を任される。翌年にはおにぎりと漬物だけの弁当をホームで売り始めた。 後に、全国的にも有名な駅弁「小唄寿司(ずし)」を手掛ける八戸駅前「吉田屋」の始まりだった。


◆駅さま
 駅とともに歩み続けてきた吉田屋。その歴史は創業者の一人娘で、明治、大正、昭和、平成と四つの時代を生き抜いた故・吉田トシさんの人生でもあった。
 孫嫁の同社常務ヨネさん(56)は吉田屋に嫁いだ昭和四十年代当時の様子をこう振り返る。「既に隠居中でしたが、帳場には毎日顔を出しました。小柄だったけど、りんとした姿は存在感にあふれ、周りの雰囲気が引き締まるんです」。
 経営の表舞台に出ることはなかった。当時、吉田屋は旅館業も営んでいたが、裏方に徹し、多くの従業員にてきぱきと指示を出しながら、宴会を切り盛りしていたという。そんなトシさんは少女時代、尻内駅を「駅さま」と呼んでいた。「駅にさまをつけなくてもいいんだよ、と駅員から言われたそうです。駅の存在に心から感謝していたのでしょう」(ヨネさん)


◆悲しみを乗り越えて
 駅前に建つ木造総二階、堂々とした造りの吉田屋は一九二六(昭和元)年、トシさんの夫が建てたものだ。多くの駅員や旅行客が出入りする尻内駅の“社交場”として、地域住民からも親しまれた。五七年には尻内大火に見舞われるが、危うく難を逃れる。
 トシさんの口癖は「食べ物の商売は女の仕事」だった。長男で二代目を継いだ亀一郎さんは太平洋戦争中、ガダルカナル島で戦死。さらに、ヨネさんの夫で四代目と目されていた孫の彰男さんを三十三歳の若さで失う。
 「どうして男が育たないのかと、いつも悲しんでいた。でも、そんな表情はおくびにも出さず、明治女の気骨で家業に打ち込む、そんなおばあちゃんでした」(ヨネさん)。


◆「食」を通して
 トシさんは亡くなる三年前の九一(平成三)年、八戸駅開業百周年での本紙取材にこう話している。「新幹線着工が決まり、駅は大きく飛躍するでしょう。私たちも『食』を通してお客さまに楽しい旅の思い出を作っていただけるよう努力したいと思っています」。
 ヨネさんは言う。「新幹線開業を見届けてほしかった。でも、古いものを大切にする人でしたから、駅さまが壊されるのはやはり残念でしょうね」。天国のトシさんの目に、八戸駅の変わり様はどう映っているのだろうか。


初代八戸駅長 清水清光さん (デーリー東北 2000/08/26掲載) より

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